ヤタガラス(八咫烏)は、日本神話で神武天皇の東征の際、熊野から大和へと一行を導いた三本足の烏です。天照大神(または高木神)が遣わした神の使い(神使)とされ、「導き」「道開き」の象徴として信仰されてきました。後世には賀茂氏の祖神・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の化身とも伝えられます。
| 神格 | 神使(神の使い)・導きの霊鳥。太陽の化身ともされる |
|---|---|
| 姿 | 三本足の大きな烏。「八咫」は「大きく広い」の意 |
| 性別 | 明確な性別はもたない(神使・霊鳥としての存在) |
| 遣わした神 | 『日本書紀』では天照大神、『古事記』では高木神(高御産巣日神) |
| 同一視される神 | 賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)——賀茂氏の祖神。八咫烏に化身したと伝わる |
| 関連する系譜 | 賀茂建角身命の娘・玉依姫命、孫・賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)へと連なる |
| 主な登場文献 | 『古事記』『日本書紀』(神武東征の段) |
| ご利益 | 導き・道開き・必勝・交通安全・方位除け など |
| 主なゆかりの神社 | 八咫烏神社(奈良・宇陀)、熊野三山(熊野本宮大社・速玉大社・那智大社)、賀茂御祖神社=下鴨神社(京都) |
日向を発った神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと/のちの神武天皇)の一行は、熊野で荒ぶる神の毒気に倒れ、山中で道を見失います。そのとき天から遣わされたのがヤタガラスでした。『日本書紀』では天照大神が神武天皇の夢に現れて烏を遣わすと告げ、『古事記』では高木神(高御産巣日神)が高倉下(たかくらじ)に神意を伝えて烏を導きに立てます。ヤタガラスは険しい山路を先導し、一行を無事に大和(やまと)の地へと導きました。文献によって遣わした神が異なる点は、ヤタガラス伝承の代表的な異伝として知られます。
ヤタガラスは三本の足をもつ姿で描かれます。この三本足は一般に「天・地・人」の三才を表すと解釈され、太陽信仰と結びつけて「太陽の中に住む霊鳥」とも語られてきました。古代中国の太陽に棲む三足烏(さんそくう)の観念が、日本の烏信仰と融合したものと考えられています。烏が単なる鳥ではなく、天意を地上に伝える神使として神聖視されたことを示す象徴です。
ヤタガラスの伝承は、もともと大和・宇陀地方の在地氏族に伝えられていましたが、8世紀以降、山城(京都)の賀茂県主(かものあがたぬし)が有力となるにつれ、賀茂氏の祖神・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が八咫烏に化身して神武天皇を先導したと語られるようになりました。賀茂建角身命は神魂命(かみむすひ)の系譜に連なる神とされ、その娘・玉依姫命、孫・賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)へと続く系譜は、京都の上賀茂・下鴨両社の信仰の中核をなしています。
ヤタガラスは、自ら国を治めたり戦ったりする主役の神ではなく、進むべき道を指し示す「導きの神使」です。混乱と暗闇のなかで方向を見失った者の前に現れ、正しい進路を先導する——その性格は、声高に主張するのではなく、本質を見抜いて静かに道筋を照らす観察者の姿に重なります。烏という、しばしば不吉とされる鳥が神聖な導き手として語られる点も特徴的で、「常識の外側から物事を見通す眼」を象徴する存在といえます。三本足は天・地・人をつなぐ媒介者としての役割を示し、異なる世界の橋渡し役という性格を帯びています。
文献上もっとも早くヤタガラスを神として祀ったのは、奈良県宇陀市の**八咫烏神社**とされ、『続日本紀』には文武天皇の慶雲2年(705年)に八咫烏社を祭った記述が見えます。紀伊半島の**熊野三山**(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)では、ヤタガラスは熊野大神の神使として篤く信仰され、熊野のシンボルとして社頭の幟や授与品に広く用いられています。京都の**賀茂御祖神社(下鴨神社)**は、八咫烏の化身とされる賀茂建角身命を祭神とします。「導き」「勝利」の象徴として、サッカー日本代表のエンブレムにも三本足の烏が採用され、現代でも親しまれています。