黄泉の国(よみのくに)は、日本神話で死者がおもむくとされる地下の世界。火の神を生んで命を落とした妻イザナミを追い、夫イザナギが黄泉へ下る物語は『古事記』に詳しく語られる。変わり果てた妻の姿を見て逃げ帰ったイザナギが禊で身を清めると、アマテラス・ツクヨミ・スサノオの三貴子が生まれた。
| 分類 | 日本神話の物語(黄泉国訪問譚) |
|---|---|
| 主な登場文献 | 『古事記』上巻(『日本書紀』本文には欠き、一書〈異伝〉に類話) |
| 主な舞台 | 黄泉の国/黄泉比良坂(よもつひらさか)/筑紫の阿波岐原(みそぎの地) |
| 登場する主な神 | 伊邪那岐命(イザナギ)・伊邪那美命(イザナミ)・三貴子ほか |
| ゆかりの地 | 黄泉比良坂(島根県松江市東出雲町揖屋)・千引岩 |
| 主題 | 生と死の起源、穢れと禊、世代交代 |
国生み・神生みを進めていた夫婦神イザナギとイザナミは、火の神カグツチ(火之迦具土神)を生んだ際、イザナミが火傷を負って命を落とし、黄泉の国へ去ってしまう。妻を恋い慕ったイザナギは、その姿をもう一度見ようと、死者の世界である黄泉の国へと下っていく。これは神話のなかで「死」がはじめて訪れた場面であり、以後の物語の出発点となる。
黄泉の御殿の戸口で再会したイザナミは、すでに黄泉の食べ物を口にしていた(黄泉戸喫/よもつへぐい)ため簡単には戻れないと告げ、「黄泉の神と相談する間、決して私を見ないでほしい」と頼む。しかし待ちきれないイザナギが灯りをともして覗くと、イザナミの体は腐り、全身に八柱の雷神がわだかまる恐ろしい姿に変わっていた。約束を破られ恥をかかされたイザナミは激怒し、黄泉醜女(よもつしこめ)や雷神たちにイザナギを追わせる。
イザナギは桃の実を投げて追っ手を退け、ついに現世と黄泉の境である黄泉比良坂(よもつひらさか)まで逃れる。そして千人がかりで動かすほどの巨石「千引石(ちびきのいわ)」で坂を塞ぎ、二神は石を挟んで永遠の別れを誓う。イザナミが「一日に千人殺す」と告げると、イザナギは「ならば一日に千五百の産屋を建てよう」と返す。この問答によって、日々人が死に、それ以上に人が生まれるという生死の循環が定まったとされる。『古事記』では黄泉比良坂を出雲国の伊賦夜坂(いふやざか)に比定し、現在の島根県松江市東出雲町揖屋にその伝承地と千引岩が残る。
黄泉の穢れを負って戻ったイザナギは、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(あわぎはら)で禊(みそぎ)を行い、身を清める。このとき脱いだ衣や流した水から多くの神々が生まれ、最後に顔を洗うと、左目から天照大御神(アマテラス)、右目から月読命(ツクヨミ)、鼻から建速須佐之男命(スサノオ)の三貴子が成った。喜んだイザナギは、アマテラスに高天原を、ツクヨミに夜の食国を、スサノオに海原を治めるよう命じた。
黄泉国訪問の物語をまとまった筋として伝えるのは主に『古事記』である。『日本書紀』の本文(正書)はこの訪問譚をほとんど語らず、複数の「一書(あるふみ)」に断片的な類話を載せる。また三貴子の誕生についても、『古事記』が禊から自然に生まれたとするのに対し、『日本書紀』の一書には、イザナギ・イザナミ二神が相談して産んだとする伝えや、左手・右手に持った鏡から生まれたとする異伝など、複数のバリエーションがある。